おはか。 06/08/2008
今回はお墓について。
我が家(ホームステイ先)のすぐ近くには、大変有名な墓地がありました。
バスで登校する際は、墓地前になると何人かが手を合わせていました。

雨に日には、くもの巣に朝露がついてとてもきれいで。
不思議です。日本のお墓近くってすごく怖く感じるんですけど、
こちらの墓地はむしろ散歩みちでした。
宗教がちがうからかしら。
だってほら、こんなに素敵なかざりがお墓の前においてあるんですよ。

これはスノードームみたいな、水とキリスト像が球の中に入っているものでした。

ここは愛蘭が独立する際の英雄、ロバート・オコンネルのお墓がある墓地でしたので、毎週訪れる人が絶えないようでした。
すごく神秘的な空間で、いつまでもいたいと思ってしまうほど。
墓地なのに、変ですよね。
ケルト文化特有の、この十字架の形は大好きでした。
残り二枚は、グレンだー・ロッホのものです。
おじゃましました。
安らかに眠ってください。



懐かしいお店 03/24/2008
このパブが点在する街・テンプルバーで一番好きだった店を言えと言われてはっきりという自信はありません。
むしろその街から外れたところのパブを好き好んでいっていたと思います。
テンプルバーはもはや観光の街でした。
学校から川を挟んで向こうにあったパブの名前が「SINE」。
ゲーリック・アイルランド語で「That’s all.」という意味になります。

Is that all???
ここもいたって普通のパブ。テンプルバーの外の割に少し高いかな。
それでも日によってただでつまみが出ます。
サンドイッチやハムとか。
でも出てくるビールに魔法が掛けられているのです。
なぜか他の店よりおいしい気がしてしまうのは私だけかしら?
かかってる音楽も他のパブに群を抜いて趣味がいい。
あるときには一目ぼれ(一聴ぼれ?)した曲があって、すぐDJのところへ行って曲名を聴いたりしたくらい。

かっこいいお兄さん♪
自分が去る週に仲のいい子を数人呼んでパーティしました。
もちろんビールはGUINESS!!!!
実はずっと夢見てたAVOCAのケーキ1ホール買いもやってしまった♪

驚いたことに、最初の時から長い間先生を務めてくれたJOEも来てくれました♪
彼のうちはこれまた家から近く、よく家へ行って飲み物を作って貰ったり踊ったりしました★
ホットチョコレートがすごくおいしかった。
またロシアの飲み物とかで、紅茶にヴォッカを入れたものとかもまた忘れられない味。(おいしいかどうか、また飲みたいかどうかは別。)
ある日酔っ払ってお腹を空かした私は、先生の部屋を勝手にあさってコーンフレークを食べました。
それが彼のルームメイトのものであったらしく、それ以来私は「コーンフレーク泥棒」と呼ばれていました。
そんな彼が私のお別れの時にくれたものが「コーンフレークセット」。

包みを開けると、ちっちゃな牛乳と、ミルクボール、ケロッグのコーンフレークが入っていました。
あの時の喜びといったらありません。


It's JOE. He was the best teacher and friend.

Howth 03/14/2008

ダブリンは港からすぐ近いです。
なので、行こうと思えばすぐにビーチに行くことができました。
この港は、バスでもダート(ダブリンの電車)でも行くことができます。
今回はバスでゆらゆら揺られながら行ってきました。
着いたところは大きな丘というか、小さな山の中腹。
海辺の街まで降りて歩いていきます。
何か魅力的な小さな小路を地元の子供たちが降りていったので興味本位でついていってみました。

歩こ♪あるこ♪

もうすぐ麓だ★


この海辺の街にはもう何回来たか・・・何が好きかって、こんな風にプチハイキングと海辺が同時に楽しめることです。街並みもおしゃれでかわいい。
海辺でおしゃべりをすると、本音で話せる気がしてしまうのは私だけでしょうか。
海辺に座っていた時、たくさんの飛行機が頭上を飛び、自分が帰国するときの事をなんとなく非現実に考えていたような気がします。
それが今の現実です。
今は今で大好きな生活を送っているんですけどね★
あの瞬間もかけがえのないものでした。

帰りは来るはずのバスを30分も待ちました。
あんなルーズな街のせいで最近自分は怠け者です。
街並み 03/14/2008

学校の途中にあるカフェ。チャイがおいしいところでした。

こちらでもサクラは沢山見ることが出来ます。
春がもう来ていました。

青い壁が素敵なカフェ&レストラン。壁の上部にはアヒルさんがいます。

テンプルバー沿いにある、リフィー川。 色はギネスのように黒く、流れが比較的穏やかなため、景色がそのまま鏡のように映える川でした。

最後の週はAnotineがフランスから遊びに来ていたので、ダブリンのあちこちを回りました。
改めて気付いたことは、そこらじゅうに喫茶店があるということ。
カフェ、パブ。
それと同時に、食べるところも沢山ある。
道の途中にベンチはなかなか見つけれないけど、少し歩くとすぐ緑豊かな公園が見つけられる。

歩きつかれたらこれで元気出しました。

空港にて。 03/14/2008
しばらくの間ブログを休んでしまいました。
その間にアイルランドから日本へと帰国して来ました。
ブログも日本語に変更です。
アイルランドではありきたりな言葉ですが、いろいろな意味で沢山の人に救われました。
出逢った人全てに出逢わなければ耐えられなかった面も多々あります。
日本にいると、九ヶ月もの間自分が海外に、アイルランドにいたことが信じられなくなってきます。
忘れてしまわないうちに、少しずつ振り返っていきたいと思います。
あまりにかけ離れた世界でした。
あまりに楽しい日々でした。

この写真は皆がお見送りに来てくれたときにエスカレーターで撮ったものです。
出発が早朝だったので最後の夜は空港でお泊りしました。
するとこちらでできた日本人の友人が何人か一緒にいてくれました。
夜通し一緒に話していてくれました。
途中でお腹が空いて、パンの焼ける匂いが夜中の3時頃そこらじゅうに広がったりして。

この写真を撮っているとき、アイリッシュのパンを焼いているお兄さんがこっちをむいてにっこりしてくれました。
悲しい別れを空港でして、寂しくて寂しくてたまらなかったときに、来てくれたのが元ルームメイトのマリアナ。
一日泊まって気付かされましたが、空港って、Departureでは沢山の悲しい別れが、Arrivalでは沢山の素敵な出逢いが、毎日毎日行われているんです。
Arrivalでの劇的な抱擁とキスを見て、空港って素敵な空間だな、と心から思いました。
私を含め、女の子は一般的に荷物がとても多いかと思われます。
私の飛行機はスーツケースの重量制限が20kgでしたので、もし超えてその分のお金を請求されないかと大変不安でしたが、それは杞憂にすぎませんでした。
アイリッシュは基本的に適当なので、重量をチェックしていなかったようです。
韓国人の友達も5kg超えていたのに何も言われませんでした。
あんなことならもっと詰めていればよかった・・・(っ´∀`)っ

緑の翼が可愛らしいアイリッシュの飛行機、エアリンガス。
何はともあれ、無事に出発することが出来ました。
見送りに来てくれた皆さん、ありがとう。
私はとても、とても幸せでした。
その間にアイルランドから日本へと帰国して来ました。
ブログも日本語に変更です。
アイルランドではありきたりな言葉ですが、いろいろな意味で沢山の人に救われました。
出逢った人全てに出逢わなければ耐えられなかった面も多々あります。
日本にいると、九ヶ月もの間自分が海外に、アイルランドにいたことが信じられなくなってきます。
忘れてしまわないうちに、少しずつ振り返っていきたいと思います。
あまりにかけ離れた世界でした。
あまりに楽しい日々でした。

この写真は皆がお見送りに来てくれたときにエスカレーターで撮ったものです。
出発が早朝だったので最後の夜は空港でお泊りしました。
するとこちらでできた日本人の友人が何人か一緒にいてくれました。
夜通し一緒に話していてくれました。
途中でお腹が空いて、パンの焼ける匂いが夜中の3時頃そこらじゅうに広がったりして。

この写真を撮っているとき、アイリッシュのパンを焼いているお兄さんがこっちをむいてにっこりしてくれました。
悲しい別れを空港でして、寂しくて寂しくてたまらなかったときに、来てくれたのが元ルームメイトのマリアナ。

一日泊まって気付かされましたが、空港って、Departureでは沢山の悲しい別れが、Arrivalでは沢山の素敵な出逢いが、毎日毎日行われているんです。
Arrivalでの劇的な抱擁とキスを見て、空港って素敵な空間だな、と心から思いました。
私を含め、女の子は一般的に荷物がとても多いかと思われます。
私の飛行機はスーツケースの重量制限が20kgでしたので、もし超えてその分のお金を請求されないかと大変不安でしたが、それは杞憂にすぎませんでした。
アイリッシュは基本的に適当なので、重量をチェックしていなかったようです。
韓国人の友達も5kg超えていたのに何も言われませんでした。
あんなことならもっと詰めていればよかった・・・(っ´∀`)っ

緑の翼が可愛らしいアイリッシュの飛行機、エアリンガス。
何はともあれ、無事に出発することが出来ました。
見送りに来てくれた皆さん、ありがとう。
私はとても、とても幸せでした。



